痛みの薬

採録

 前回の記事で、鎮痛剤を濫用していそうな患者を見分けるコツを学んだと書いた。日本の医療現場でおいて役に立つかどうかは分からないが、スラム街の診療所で共に働く仲間から学んだ、それらのコツを書いてみたい。

 まず当然ながら、今までクリニックに来たことのない初診の患者さんが痛みを訴えて来院したら、たとえ本人がそれまで使用していたと訴えても、麻薬系の薬は処方しない。「今のところはこれ(イブプロフェンなど)しか出せません。不満ならERに行くか、以前その薬を処方してくれた医師にかかってください」と告げる。

 次に、麻薬系の鎮痛薬の愛称を使いこなす人は、疑ってかかること。パーコセットのことを「パーク」、ハイドロコドンのことを「ハイドロ」などと呼んでいる患者さんは、大いに怪しむ。「パークは2錠飲めば、効くんですよ」と言っている場合は、道ばたで「パークを買わない? 20錠買えばまとめて安くするよ」などと言っている可能性が大だ。

 これら常識と思われるもの以外にも、「~の法則」と名付けられた中毒患者の見分け方がある。その中でもよく知られているのは、「金曜日の法則」だ。私たちが5時にきちんと診察を終えたがっているのを分かっていて、わざと金曜日の4時過ぎに来るというものである。特に、クリスマスの前日の午後は要注意だ!

 また、前回の記事で紹介したように、触診の際、場所に関係なく一律でひどく痛がる人がいる。友人のナースプラクティショナー(NP)は、背中や肩の痛みを訴える患者さんがいると、deep tendon reflexなど色々調べた後で、もっともらしく耳たぶを引っ張ると言っていた。エビデンスのある話ではないが、本当に疾患がある場合は、ほかの診察では痛くても、耳たぶテストではほとんど痛がらない。一方、派手に叫ぶ患者さんは、仮病の疑いが強いのだという。彼女曰く「耳たぶの法則」だが、中耳炎の患者さんと出会うことのないよう願うばかりだ。

 幸か不幸か、私も法則を名付ける機会に恵まれた。数年前、ある患者から「ロブスターの漁に出ていて、甲板で薬を取り出したら、船が揺れて海に全部落ちてしまった。ペインクリニック(緩和治療専門医)の予約は再来週なので、それまでの分だけでも処方してくれないか」という電話がかかってきたことがある。電話を受けたのは60代後半のベテラン看護師で、「怪しい。この近辺の沖合で船がそこまで揺れるはずはない」と妙にローカルな情報を提供してくれた。近所の薬局に手当たり次第電話をかけ、彼の処方歴を調べてみたところ、数カ所のペインクリニックやER、内科医から大量の麻薬系痛み止めを手に入れていたことが判明した。これは「ロブスターの法則」と名付けたい。
   
 しかし、例え嘘を付いている(であろう)患者さんを見つけ出しても、処方箋を出さないことで患者を「罰して」終結できるわけではない。発見は、辛い会話のほんの始まりでしかない。痛みがうまくコントロールできていないために大量に服用していただけなのか、それとも自分で粉末にして鼻から吸引していたのか。また、余った薬を売っていたのか、ティーンエージャーの息子に脅されて手渡しているのか。

 誰かが“ハイ”になるために使ったかもしれない薬を処方してしまったという空しさと、それを見抜けなかった無念さ、嘘をついていた患者への怒り。そして何よりも、そうまでして薬を手に入れていた患者への哀れみという、相反する感情で胸が一杯になる。

 じっくり患者の話を聞いて、精神科や中毒患者用のプログラムの受診を懸命に勧めても、行ってくれる人は少ない。米国ではペインクリニックを受診するためには、保険の種類によっては3カ月待ちという状況にある。だから私たちは本当に痛みに苦しむ人たちを助けたくて、処方箋を書かなければいけないことがある。 今後も鎮痛剤を求める中毒患者と相対する中で、痛い経験もいくつか通過しなければいけないのだろう。 処方薬による中毒が社会を蝕んでいる限り、私たちの葛藤は続くのだと覚悟している。