私という脳と患者という脳があるとき
認知の歪みとか簡単に言えるものではない
長い付き合いでもないのに簡単には言えない
長い付き合いだとかえって相互作用がありすぎて何も言えない
こっちの脳がそっちの脳を歪んでいると判断するとき
まあ、普通に考えて、お互い様だろうと思う
認知を柔軟にするという言い方でいえば
むしろ最近ではACTの方面になる
柔軟すぎると企業の兵隊としては使いにくい
成長するとか柔軟になるとかという概念も多分に相対的で判定しにくい
特殊組織の一員として成長すると、立派になったとか、一人前とか言われたりするのだけれど
何が成長なのだろう
大人の事情に対して柔軟になるとかの言葉の使い方もある
ズブズブの妥協でしかない
価値判断をあからさまに含んでいるものなので簡単ではない